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活字メディア未来地図レポート

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プロフィール:佐々木俊尚(ささきとしなお)
1961年、兵庫県西脇市生まれ。早稲田大政経学部政治学科中退。88年、毎日新聞社入社。警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人事件や海外テロ、コンピュータ犯罪などを取材。99年にアスキーに移籍し、月刊アスキー編集部デスク。2003年に退職し、フリージャーナリストとして主にIT分野を取材している。

<著書>
『仕事するのにオフィスはいらない』(光文社新書)、『2011年新聞・テレビ消滅』(文春新書)、『ニコニコ動画が未来を作る』(アスキー・メディアワークス)など多数。


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コラム 2010/01/09
第25回 【最終回】 音楽の進化から占う本と読書の未来


書籍の流通システムはITと結びつくことによって、書籍と読者のマッチングモデルが高度化していく。

今回はこのマッチングモデルの高度化によって、われわれの「読書」という習慣がどのように変質する可能性を秘めているのかということを論じよう。


●本の世界にもアンビエント化とソーシャル化がやってくる

ひとつは読書のアンビエント(環境)化で、これはiTunesが音楽の世界にもたらした「どんな場所でも好きな時に音楽が聴ける」というアンビエント化が、電子書籍とブック検索によって読書の世界にもやってくる。

そしてもうひとつの方向性が、ソーシャル化だ。

書籍と読者のマッチングモデルの高度化は、「本を選ぶ」という行為がパーソナライゼーションされていくことを意味する。しかしこのようなパーソナライズ化された読書は、おそらく逆の引力も引き起こすだろう。「他の読者と接続したい」という欲求だ。

すでに音楽の世界は、アンビエント化とソーシャル化の2方向へと進んでいる。アンビエント(環境)化というのは、「いつでもどこでも好きな音楽を聴けるようになる」ということだ。かつてのレコード時代やCD時代には音楽はつねにステレオセットの前で聴くしかなかった。ウォークマンのような携帯音楽プレーヤーで音楽を聴こうとすると、アルバムを「録音(ダビング)してコピーする」という面倒な作業を必要とした。

しかしiTunesという楽曲配信サービスが登場したことで、この手間は消滅した。iTunesというエコシステムの中では、楽曲はパソコンと音楽プレーヤー、携帯音楽プレーヤー、携帯電話などの多くのデバイスで同期され、著作権もそれに伴って自動的に保持される。ユーザーの側は「自分の聴きたい場所と時間で、自分が聴きたい楽曲を再生する」というシンプルな動作を行うだけで良い。

いっぽうでこのようなアンビエント化は、楽曲をインフレ化し、収益力をどうしても低下させてしまう。「いつでもどこでも聴ける」ということは、単純化して言えば、すなわち一曲一曲のありがたみが薄れるということだ。この問題をどう回避するのかがいまや音楽業界では非常に重要な問題になってきている。

著名ミュージシャンのマドンナは、その戦略で一歩先を行っている。彼女は昨年、長年つきあってきたメジャーレーベルのワーナーミュージックとの契約を終了させ、ライブコンサートを手がけているイベント会社と再契約したのだ。これはアンビエント化して収益力の低下した音楽空間で収益化するのではなく、ミュージシャンとファンがリアル空間の中で出会うコンサートという場に収益の中心を移していこうという動きである。ライブの入場料や写真集、Tシャツなどのグッズ類など、ネットワーク化された環境としての音楽ではなく、リアルな場としての音楽こそが収益の源泉となってきているのだ。

これこそがソーシャル化の方向性だ。

おそらくこうした方向性は、いずれ書籍の世界にもやってくる。音楽がiTunesの独占支配によってアンビエント化とソーシャル化に二分されてきているように、書籍も今年2010年から推し進められるであろう電子書籍化によって、同じような二分化が始まる。読書空間の多くの部分はアンビエント化され、「いつでもどこで好きなときに自分のもっている本にアクセスできる」という環境が生まれてくる。たとえばKindleは、電子書籍リーダー以外にパソコンやiPhoneなどでもアプリケーションを提供していて、リーダーである本を途中まで読むと、その読み進んだ場所をシステムの側が記録していて、同じ本をパソコンアプリで開くと、さっきまでリーダーで読み進んでいた場所を自動的に開いてくれる。これは典型的なアンビエント化の特徴だ。


●価格競争時代を生きのびる書籍出版モデルとは

しかしこのようにアンビエント化された読書空間は、どうしても書籍の収益力を低下させざるを得ない。実際、アメリカでは通常25ドルぐらいするハードカバーの書籍が、Kindle Storeでは9.99ドルで販売されている。出版社からの卸値は25ドルの50パーセント、すなわち12.25ドルであるため、アマゾンは差額の2.26ドルを自社でかぶっている。つまりKindle Storeで1冊売るごとにアマゾンは2.26ドルずつ損してしまっているのだが、市場支配を進めるためにあえてそのような損失を覚悟しているわけだ。

今後この金額を出版社との間でどう折り合わせるかが問題になってくるが、リサーチ会社などの論調では「9.99ドルに合わせて出版社の側は卸値を下げていく方向に行くのではないか。Kindleによって部数が十分に出るようになれば、利幅が小さくなっても利益は確保できる」という意見が多い。

紙と印刷、それに流通のコストの問題があるのでどの程度の卸値が適正なのかはまだはっきりとしないが、しかし流通コストがほとんどゼロの電子書籍では、価格が下がっていく方へと引力は強く働く。またKindleが独占支配するのか、それともバーンズアンドノーブルやアップル、グーグルなどの電子書籍新規参入組とで市場を分け合うのかでプラットフォーム側がどのぐらいのマージンを取るのかは変わってくるとは思うが、おそらくは出版社が取れる利幅は薄くなっていくだろう。
この問題をどう乗り越えるのかが、今後の出版業界にとっては大きな問題となる。

このあたりの課題は日本でも同じで、たとえば文春発行の文芸誌『文学界』2010年1月号では、作家の平野啓一郎氏と東大教授の西垣通氏、批評家の前田塁氏が書籍の未来について対談し、その中で次のようなやりとりが行われている

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前田:これまでの文学の商業性は、文芸誌も含めてある大ざっぱさ、ジャンル全体のどんぶり勘定に支えられていました。「売れないかもしれないけれど文学性に優れた作家」に対して発表の機会と、高くはないけれど一定の収入を出版社が保証してきたシステムは、ブックリーダーによってかなりの程度で失われます。「初版」概念が無くなる以上は売れなくとも初版部数は印税が確保されるという制度はもちろん、雑誌原稿料と印税の二重払いだって現状のようにはいかなくなる。作品の価値は売上だけでは測れませんが、事実そうやって支えられてきたここの書き手をどうしてゆくか、という問題が確実に出てくるでしょう。

平野:ファッションや料理は、文学同様に薄利多売ですが、何がいちばん文学と違うかというと、いい服とかおいしい料理って価格に転嫁できるでしょう。なぜなら、服や食べ物は生存に絶対に必要なものだし、毎日の単調さにどうしても人間は耐えられないんだと思うんです。あと、ちゃんとした服、ちゃんとした料理が必要なコミュニケーションの場所がある。
けど、小説は価格に転嫁できないんですね。世界の名作だからといって、一万円にしたら誰も買わない。名作だろうと、三文小説だろうと、実際の単価が決まっているから、文庫なんてだいたい同じ値段です。ネット配信になった時に、その単価はどうやって決まっていくんでしょうね。
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書籍というパッケージ、もしくはそうした書籍や雑誌をまとめて包括的に提供していた出版社という組織が生み出す余剰によって、純文学や海外文学翻訳のような「売れない書籍の刊行」は維持されていた。だがそうしたパッケージが崩壊して余剰が消えてしまうと、そうした売れない本は出せなくなってしまう。

そのような問題を乗り越えるためには、音楽の進化にならって書籍も何らかのかたちで「ソーシャル化」を考えていくしかない。ネットワーク化された読書空間ではなく、著者と読者の双方向性が確保されたリアルな「場」としての読書空間。書籍の未来は、そこにあるはずだ。

『文学界』の対談では、前田氏が「『ダウンロード限定百アクセス、五万円』とか、そういう売り方もできる、ということですね」と話しているが、要はそういう方向性を考えるべきなのである。小説の世界であれば、ごく一部の熱狂的なファンを対象にして双方向性のある「場」を作り上げ、それによってマネタイズすることも可能になるかもしれない。

実際、ケータイ小説の世界ではそうしたソーシャル化がメインストリームの文学とは違うかたちで劇的に進み、新しい文化圏域が生まれてきている。

音楽が
音楽→アンビエント
音楽→ソーシャル化(ライブやグッズによるファンとの交流)



と二分化していっているのと同じように、

書籍も、
書籍→アンビエント読書
書籍→ライブ的な交流の場(ソーシャル読書)


と二分化していく方向性を考えなければならないということだ。その具体的なビジョンはまだ明確ではないが、ネットワーク化されたコストの小さな書籍空間をベースにして、ソーシャルな読者と著者のコミュニティが収益をもたらすようなモデルがいずれ登場してくるかもしれない。


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