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本と本屋さんの夕日

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プロフィール:永江朗(ながえ・あきら)
1958年5月9日、北海道旭川市生まれ。
洋書輸入販売会社に勤務したのち、フリーランスのライター兼編集者に。1993年よりライターに専念。現在、「週刊朝日」「エコノミスト」「ダ・ヴィンチ」「朝日新聞」をはじめ、数多くのメディアで連載中。
主な著書に、『菊地君の本屋』(アルメディア)、『不良のための読書術』『アダルト系』(以上、ちくま文庫)、『インタビュー術!』(講談社現代新書)、『〈不良〉のための文章術』(NHKブックス)、『メディア異人列伝』(晶文社)、『話を聞く技術』(新潮社)など多数。近著は『本の現場』(ポット出版)
現在、早稲田大学文学学術院教授。同大文化構想学部にて出版文化概論講義を担当。

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コラム 2009/12/14
第50回 本の歴史(5) 若者を本好きにした崖っぷちの大博奕


●読んでから見るか、見てから読むか 角川文庫革命 

文庫の歴史を語るうえで欠かせないトピックは、出版界の風雲児、角川春樹(現角川春樹事務所社長)が率いていた角川文庫が仕掛けたメディアミックス戦略でしょう。

出版界内部では「角川商法」と呼ばれるそのメディアミックス戦略とは、本(文庫本)と映画、大量の広告露出(TVCM)の3本柱によって作品と作家のブランド価値を一気にあげることで、本と映画を同時に売りまくることです。

1975年、角川書店は横溝正史原作の『本陣殺人事件』の映画化に際し、当時の出版社としてまだ珍しかった映画会社(ATG)への製作出資を行います。その後、角川春樹は一出資企業に留まらず、映画の製作総指揮として企画開発段階から全面的に関わっていきます。複雑な家庭環境のもとで育った春樹は、自分の生い立ちに対する情念や社会へのメッセージを映像化するため、本業の販促目的を越え映画製作事業にのめりこんだといわれます。

角川映画第1弾は、1976年に公開された『犬神家の一族』(横溝正史原作)です。これは最近リメイクされましたね。
その後、『人間の証明』(森村誠一原作)、『蘇る金狼』(大藪春彦原作)と次々と大ヒットを飛ばしました。映画公開と同時に発売する文庫も売れに売れ、80年代は角川文庫の時代だったといっていいほど。

一方で、他の出版社からは非難轟々です。古典名作の代名詞だった文庫を、消費財のように宣伝して大安売りしていると、出版業界は猛反発しました。
しかし、大衆は角川春樹の戦略を熱狂的に支持しました。これ以降、文庫は「娯楽のための手頃な文庫」というイメージに大きく変わっていきます。
現在、本に関する仕事に関わっている人の中には、角川映画を入口に角川文庫を読んで育った人も多いでしょう。

当時、角川春樹の片腕として角川商法を担った編集者の見城徹(現幻冬舎社長)によると、緻密に企てられた戦略のようにみえて、実際は崖っぷちの大博奕だったそうです。
春樹の父・角川源義が創業した角川書店はもともと文芸、古典中心の堅実路線の出版社だった。しかし、第2次文庫ブームで創刊した後発組の角川文庫は、人気作家を囲い込んでいた岩波、新潮には勝てなかったため、春樹時代にエンターテインメント路線に大変換したわけです。しかしそれもいまいちじり貧だったので春樹は大博奕を打たざるを得なかった。攻めても守っても倒産のリスクを抱えていたようです。
結果としてメディアミックス戦略で大成功をおさめた春樹ですが、1993年の「コカイン密輸」事件で逮捕され失脚します。

『新しく出ていくものが無謀をやらなくて、 一体何が変わるだろうか?』
春樹の愛弟子でもあった見城徹がその後作った幻冬舎の設立コンセプトとして打ち出されたこの言葉は、師匠の魂の継承を意味していたのかもしれません。見城もまた、業界の常識を打ち破る方法でベストセラーを連発したのちに幻冬舎文庫を創刊し、映画製作やTV番組の企画から関わるメディアミックス戦略に力を入れています。

  
●文庫の功罪

ビジネス面からみた出版社が文庫を出す理由は、単行本だけでは儲からないからです。かつて単行本でベストセラーを連発していた草思社が倒産したのもこのため。また、せっかく単行本を出したのだから、他の大手出版社から文庫を出されてしまうよりも自社から出したい、あるいは著者も確保しておきたいという本音があります。

お金のかかる雑誌を出している出版社にとって、雑誌→単行本→文庫というサイクルは、自社コンテンツのリサイクルの側面があります。年間8万点をこえる書籍新刊点数のかなりの部分を、こうした単行本の再生産が占めている。

とりわけ漫画を持たない出版社は、文庫の売上でその作品の初出の雑誌と単行本の費用を回収しなければなりません。また、単行本は文庫で稼ぐためのマーケットリサーチという意味もあります。現在では、文庫を出したのち、絶版になりそうになると電子書籍化する出版社も増えていますが、これは著作者への配慮的意味合いが大きい。今も昔もサイクルの柱に文庫があることは変わりません。

こうして、文庫の点数はどんどん増えていきます。
2008年の年間新刊発行文庫点数は7809点。月平均650点、平日1日平均30点もの新刊が書店に送りだされています。しかし、1日30点もの新刊文庫が並ぶスペースは店頭にはもはや残されていません。1998年は年間5727点だったので10年で3割ぐらい増えているわけです。現代における新刊洪水、返品の山をもたらす元凶ともいえるでしょう。


とはいえ、文庫の普及が大衆に読書を広げたことは間違いありません。世界有数といわれる日本の読書人口を支えてきたものは文庫です。
戦後の一時期、本とは貸本屋で安く借りて読むものでした。現代の文庫はかつての日本人の読書インフラであった貸本屋の代替機能を果たしています。
あるいは、地方で未整備な図書館の代わりでもある。狭い住空間でも通勤通学電車の中でも読めるし、忙しい人でも新幹線や飛行機の中でさっと読める。

また、文庫はデフレ下の価格破壊商品としての側面も持っています。
古今東西の名著がラーメン1杯の値段で読める。文学史上の文豪も現役ベストセラー作家も無名の新人の作品も同じ値段で読めます。ここでは文学的価値は関係ありません。さらに、書店ではなくコンビニで売れる文庫、キヨスクで売れる文庫もあります。

いずれにしても、ベストセラーランキングに載らない文庫が、縁の下の力持ちとして書籍出版社の経営と日本人の読書活動を支えてきたわけです。


 

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