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プロフィール:永江朗(ながえ・あきら) 1958年5月9日、北海道旭川市生まれ。 洋書輸入販売会社に勤務したのち、フリーランスのライター兼編集者に。1993年よりライターに専念。現在、「週刊朝日」「エコノミスト」「ダ・ヴィンチ」「朝日新聞」をはじめ、数多くのメディアで連載中。 主な著書に、『菊地君の本屋』(アルメディア)、『不良のための読書術』『アダルト系』(以上、ちくま文庫)、『インタビュー術!』(講談社現代新書)、『〈不良〉のための文章術』(NHKブックス)、『メディア異人列伝』(晶文社)、『話を聞く技術』(新潮社)など多数。近著は『本の現場』(ポット出版) 現在、早稲田大学文学学術院教授。同大文化構想学部にて出版文化概論講義を担当。 |

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プロフィール:永江朗(ながえ・あきら) 1958年5月9日、北海道旭川市生まれ。 洋書輸入販売会社に勤務したのち、フリーランスのライター兼編集者に。1993年よりライターに専念。現在、「週刊朝日」「エコノミスト」「ダ・ヴィンチ」「朝日新聞」をはじめ、数多くのメディアで連載中。 主な著書に、『菊地君の本屋』(アルメディア)、『不良のための読書術』『アダルト系』(以上、ちくま文庫)、『インタビュー術!』(講談社現代新書)、『〈不良〉のための文章術』(NHKブックス)、『メディア異人列伝』(晶文社)、『話を聞く技術』(新潮社)など多数。近著は『本の現場』(ポット出版) 現在、早稲田大学文学学術院教授。同大文化構想学部にて出版文化概論講義を担当。 |
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| コラム 2009/10/20 |
| 第38回 広告と漫画が支えた雑誌ビジネスの終焉 |
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ここ2、3年でこうした有名雑誌の発行元を、読者が減った、広告収入が減った、製作コストが増えたというトリプルパンチが襲いました。
広告をとらない『暮しの手帖』などを除くと、たいていの雑誌の基本的な利益構造は販売収入+広告収入という2本柱で構成されています。 読者が減るとまず販売収入が減ります。読者が減った理由は、景気が悪いから(買いたくても買えない)、団塊世代のリタイアと少子化、ネット、ケータイに負けた(財布の優先順位変化)、娯楽の多様化と雑誌の相対的地位低下など諸説言われていますが、現代読者にとっては単純にその雑誌がつまらなかったということも大きいでしょう。
さらに、全国で相次ぐ書店の廃業が追い討ちをかけます。 これまで日本の雑誌とりわけコミック誌の販売を支えてきた零細書店が減少し、雑誌を売ってくれる書店が減ってしまった影響は深刻です。 日本の書店数は2001年の21,000店から2009年の16,000店に減りました。1990年代なかばには23,000店あったと推測されていますので、3割近く減っていることになります。これは雑誌が金額においても冊数においても、ピーク時から3~4割減らしているのとなぜか符合します。 1000坪の大型複合店が1店開店されるかわりに10坪の専業書店が100店つぶれてしまっては、雑誌が売れるわけはありません。
そして、部数が減ると広告媒体価値も減ります。消費社会化が進んだ1970年以降、日本の雑誌は広告依存型になっていきましたが、この不景気で企業は広告価値の低い雑誌に広告を出せなくなった。あるいは、広告出稿方法の変化でこれまでの予算が出なくなった。かつての企業は広報宣伝部が代理店経由でつきあいの長い媒体に対してどどんと広告出稿し続けていましたが、現在は事業部制の会社が増えた影響で事業部単位の予算に縮小したため、効果測定優先で広告出稿先を選定する流れに切り替わっていった。こうした企業側の広告に対する考えの変化も大きいでしょう。
これまで1,000億円を超える莫大な広告予算をもっていた大企業も、マス媒体の広告効果に対する疑念を持ち始めています。とりわけトヨタ、パナソニックという日本を代表するナショナルクライアントが、従来のマス媒体に広告を打たなくても、割安で効果測定の測りやすいネット広告だけで売上が上がることに気づいてしまった。こうした巨大企業が、マス媒体を使わずにネット媒体主体の広告プロモーションを始めたことが、メディア産業全体に大きな衝撃を与えました。トヨタショック、松下ショックと言われるこの事件の衝撃が大きすぎたのか、この事実はあまり報道されていません。
それでは、売上減の中、雑誌制作コストを抑えることで存続させることはできないのでしょうか。 ところが、この制作コストも増えてしまっています。原油高による輸送コスト上昇と紙代、印刷代の上昇というトリプルパンチにより、制作コストが15%~20%ぐらい上昇してしまったところもあります。従来、出版社は赤字続きの雑誌であっても印刷会社などのコストダウン努力によってなんとか続けてこられましたが、印刷会社も倒産ラッシュの今やそれももう限界です。
●休刊を決意させたもの
出版社の経営状態の逼迫はもちろんですが、最終的に出版社の看板雑誌の休刊を決意させたものはなんでしょうか。
従来のように無理して続けたところで、10年後の展望がまったく見えないし将来の市場もない。 まるで希望のみえない状況のなかに置かれたことが休刊に踏み切らざるを得ない最大要因となりました。あるいは、お金持ちの大手出版社といえども足元が脆弱になってきているという異常事態が他の出版社の経営幹部の心理に影響を与えたのかもしれません。
なぜ雑誌の凋落がそこまで問題になるのでしょうか。 それは、戦後日本の出版産業は雑誌と雑誌流通網が支えてきたからだといえます。
雑誌を出している出版社はほとんどが大手出版社です。逆に言うと、講談社、小学館、集英社など大手出版社はそもそも総合雑誌出版社なんです。多くの雑誌を出し続ける中で、とりわけコミック雑誌が大手出版社の売上や制作予算、雇用などに大きく貢献してきた。そして、紀伊国屋やジュンク堂といった一部の大型書店を除くほとんどの書店も雑誌の販売で成り立ってきたところが多い。小さな書店においては販売スペースも書籍より雑誌の方が大きい。その書店に書籍を売ってもらって書籍出版社も経営を成り立たせてきました。
日本の出版界は事実上、雑誌の背中に書籍がおおいかぶさる形で発展してきたのです。
近年の出版不況が意味するものは、広告収入で雑誌を支え、雑誌で稼いで書籍を売る、という日本型ビジネスモデルの終焉です。出版社のオーナーたちが捨てざるを得なかったものは看板雑誌ではなく、過去の成長モデルそのものでした。
日本の出版文化の背景にあったこの独自モデルの終焉により、日本の出版産業は大転換を余儀なくされる岐路に立たされているのです。 そしてこのことが日本の出版文化そのものを根底から変えていく契機となるばかりではなく、読み書き文化そのものに影響を与えていくのかもしれません。
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