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本と本屋さんの夕日

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プロフィール:永江朗(ながえ・あきら)
1958年5月9日、北海道旭川市生まれ。
洋書輸入販売会社に勤務したのち、フリーランスのライター兼編集者に。1993年よりライターに専念。現在、「週刊朝日」「エコノミスト」「ダ・ヴィンチ」「朝日新聞」をはじめ、数多くのメディアで連載中。
主な著書に、『菊地君の本屋』(アルメディア)、『不良のための読書術』『アダルト系』(以上、ちくま文庫)、『インタビュー術!』(講談社現代新書)、『〈不良〉のための文章術』(NHKブックス)、『メディア異人列伝』(晶文社)、『話を聞く技術』(新潮社)など多数。近著は『本の現場』(ポット出版)
現在、早稲田大学文学学術院教授。同大文化構想学部にて出版文化概論講義を担当。

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コラム 2009/10/19
第37回 地主たちの沈黙


70年代終わりまで、雑誌の平均返品率は20%前後でした。
返品率は低ければ低いほどいいというものではありません。商売の世界では返品率ゼロはむしろ失敗です。もっと置いておけばもっと売れていたはずで、販売機会損失の可能性が高い。雑誌の返品率20%というのは、決して悪い数字ではありません。さらに高い書籍の返品率に比べてかなり良い数字を残す雑誌は、出版社に利益をもたらす優等生ともいうべき存在でした。

しかし、作り手と読者のかい離が年々大きくなってくると雑誌はかつての優等生ではいられなくなってきます。2008年には雑誌の返品率が36.5%になっている。今や、1万部作ると平均して3650冊が返品されてしまうという劣等生になっています。
このような返品率の高さは高いリスクを生みだすので、発行銘柄数の減少につながります。

ちなみに、同じく不況下にあるアメリカでは日本の6倍以上の2万2652銘柄が発行されています。ただし、アメリカの雑誌ビジネスは読者直販が主流のうえ、書籍出版と雑誌出版流通が完全に別れているため、多くの書籍・雑誌が取次経由で流通する日本とはかなり事情が異なります。
多様な販路があるアメリカでは雑誌銘柄もバラエティに富んでおり、日本ではみられないようなマニアックな雑誌がたくさん出版されています。ただし、銘柄数には小売チェーン会員向けの会員誌やPR誌なども含むので日本と銘柄カウント方法が異なるので一概に数量で比較できない部分もありますが。

●不動産バブルとともにはじけた雑誌バブル

それではなぜ、日本の雑誌発行銘柄数が減ってしまったのでしょうか。
それは、基本的に雑誌というものがすぐに黒字になるものではないからです。

黒字が出るまで10年かかる雑誌はたくさんあります。コミックスや関連著作権収入を含めると、今や講談社の全書籍売上額より大きな儲けをもたらしている『少年マガジン』ですら、創刊から10年は赤字続きでした。小学館の中高年向け雑誌『サライ』や文芸春秋のスポーツ誌『ナンバー』もしかりです。

10年もの間赤字に耐えられるのは、不動産など出版業以外の収入やオーナーが膨大な資産を持っている一部の大手出版社や新聞社に限られます。
講談社と小学館という2大出版社は、戦前からの大地主である創業家一族が経営する世襲企業です。とりわけ講談社のオーナーである野間家は、野間文化財団(旧野間奉公会)という財団法人を持っており、都内の一等地を含む全国各都道府県に広大な土地を所有しているといわれています。
こうした不動産収入が生みだす潤沢な資本力をバックに、大手出版社は雑誌を長く育てて大きく収穫するビジネスと位置付けてきました。ちょっと赤字だからといってすぐに休刊してしまうのではなく、10年後に大きな儲けをもたらすことを信じてこれまでやってきました。こうして次々に創刊され続けた雑誌群が日本の出版文化を支えてきたといってもいいでしょう。


●次々と消えていく昭和出版文化のシンボル

ところがここ2、3年起きている休刊ラッシュは今までとは全く違う異常事態です。誰もが名前を知っているような有名雑誌や、大手出版社の金看板ともいえる雑誌、一時代をつくりあげた伝統ある雑誌が次々と休刊している。大手ですら、10年がまんして雑誌を育てていこうというこれまでの余裕を失ってしまっている、出版社としてのプライドともいえる象徴的な雑誌ですら守れなくなってきている状況です。

例えば、08年に休刊した『主婦の友』は、つい最近、大日本印刷の子会社化した主婦の友社の社名にもなった看板雑誌です。
『主婦の友』はかつて、「結婚したら主婦の友」というキャッチフレーズまであった主婦のための総合誌でした。
家事全般から育児・教育・冠婚葬祭、ファッション誌や料理誌もこの主婦の友誌から分化して生まれていったものといってもいい。
特に新年号の家計簿は主婦必携のアイテムで、戦後の日本の家庭や社会を支える大きな役割を果たしてきた雑誌でした。


そして、09年の出版界に与えた影響として最も大きかったニュースは、『月刊現代』の休刊だったのではないでしょうか。
娯楽性の高い月刊『文藝春秋』に対抗する講談社の総合誌として、どちらかというと反体制的な論壇誌的側面も持つ硬派な雑誌でした。
そして、テレビや新聞ジャーナリズムに対抗する雑誌ジャーナリズムの雄としてノンフィクションやルポルタージュの発表媒体としても大きな役割を果たしてきました。

この『月刊現代』休刊のニュースにより、豊富な不動産を持つ日本最大の出版社ですら看板誌を存続できないほど追い詰められているのだという事実を出版界やジャーナリズム界は重く受け止めました。その後、連載ジャーナリスト陣によって「雑誌ジャーナリズムを考える」という緊急シンポジウムが開催され、後継誌『G2』がムック形式で創刊されることになりましたが、現場からは後継誌を作るぐらいなら休刊しなければよかったのにという声もあがっています。

さらに、ジャーナリズムの世界をさらに追い打ちをかけたのは、『論座』や『諸君!』といった論壇誌の休刊です。
『論座』は朝日新聞社の論壇誌で、一世を風靡した『朝日ジャーナル』の後継誌的存在でした。いわば左派論壇の発言場所として機能し、近年ではロスジェネ論壇、ニート論壇のデビューの場にもなっていました。その一方で右派・保守論壇の発言場所であった文藝春秋のオピニオン誌『諸君!』も休刊します。
近年言われている世の中の保守化に棹さしていると思われていた『諸君!』の休刊は、思想の右左関係なく、論壇誌が読まれない時代の象徴なのかもしれません。

月刊現代 論座 諸君!


佐々木敦は、80年代から現在まで日本の「思想」変遷を分析した新刊『ニッポンの思想』の中で、日本の思想を「80年代」「90年代」「00年代」の三つに分けて、解説しています。そこからは、それぞれの年代に影響を与える言論を展開した批評家の数が減っていることがわかります。
80年代=浅田彰・中沢新一・蓮実重彦・柄谷行人の4人、90年代=福田和也・大塚英志・宮台真司の3人に対して、00年代=東浩紀ただ1人が奮闘している状況だとされている。そして今現在も、東浩紀に匹敵するような後続ランナーはまだ登場していません。現代思想における東浩紀のひとり勝ち状態と、若い批評家のデビュー媒体としての論壇誌がなくなってきていることは決して無縁ではありません。


雑誌不況の波は硬派な論壇誌だけでなく、総合エンターテインメント誌も直撃しています。
『月刊プレイボーイ』や『エスクァイア日本版』といった雑誌は本誌が海外にある海外提携誌だったわけですが、国内では代表的な男性総合エンターテインメント誌として、政治・経済からセックス(PB)、文芸まで幅広くカバーすることで男性のライフスタイルをリードする存在で、グラフィックで見せる記事や良質なインタビューやノンフィクションも充実した雑誌としても知られていました。

そして、男性に比べて比較的元気があるとされている女性読者にとっておしゃれ、かっこいい、というイメージのあった女性誌も深刻な状況です。
『エスクァイア』『マリ・クレール』といった海外提携誌はブランド価値が高く広告が入りやすい、という神話がありましたがこれも休刊に追い込まれました。


 

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