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プロフィール:永江朗(ながえ・あきら) 1958年5月9日、北海道旭川市生まれ。 洋書輸入販売会社に勤務したのち、フリーランスのライター兼編集者に。1993年よりライターに専念。現在、「週刊朝日」「エコノミスト」「ダ・ヴィンチ」「朝日新聞」をはじめ、数多くのメディアで連載中。 主な著書に、『菊地君の本屋』(アルメディア)、『不良のための読書術』『アダルト系』(以上、ちくま文庫)、『インタビュー術!』(講談社現代新書)、『〈不良〉のための文章術』(NHKブックス)、『メディア異人列伝』(晶文社)、『話を聞く技術』(新潮社)など多数。近著は『本の現場』(ポット出版) 現在、早稲田大学文学学術院教授。同大文化構想学部にて出版文化概論講義を担当。 |

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プロフィール:永江朗(ながえ・あきら) 1958年5月9日、北海道旭川市生まれ。 洋書輸入販売会社に勤務したのち、フリーランスのライター兼編集者に。1993年よりライターに専念。現在、「週刊朝日」「エコノミスト」「ダ・ヴィンチ」「朝日新聞」をはじめ、数多くのメディアで連載中。 主な著書に、『菊地君の本屋』(アルメディア)、『不良のための読書術』『アダルト系』(以上、ちくま文庫)、『インタビュー術!』(講談社現代新書)、『〈不良〉のための文章術』(NHKブックス)、『メディア異人列伝』(晶文社)、『話を聞く技術』(新潮社)など多数。近著は『本の現場』(ポット出版) 現在、早稲田大学文学学術院教授。同大文化構想学部にて出版文化概論講義を担当。 |
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| コラム 2009/12/29 |
| 第55回 【最終回】 2010年代の出版界に必要なもの |
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これまで、戦後日本人にとって「読書の入口」の機能を果たしたベストセラーの歴史をたどってきました。
来年2010年は国民読書年です。戦前戦中、大衆が本を読む行為は必ずしも奨励されてはいませんでしたが、戦後に入ってから文庫や新書のベストセラーが広く読まれることより、いつのまにか世界有数の「本を読む国民」だと言われるようになりました。
それでは、読書好きの日本人を支えてきた読書のインフラストラクチャーはどのようなものなのでしょうか。
読書を水や電気に例えると、ダム・浄水場・上下水道・蛇口・水道工事屋、変電所・送電線・電柱などにあたるものが本の流通です。読書インフラとは簡単にいうと、読者が本に触れる場所のこと。書店、古書店、図書館など日本の読書インフラはどのような役割を果たし、その役割はどう変わってきたのでしょうか。
●読書インフラはここ30年で大きく変わった
本を買う場所として昔から一般的なのは新刊書店や古書店、そして出版社の直販などです。現代においては、ブックオフに代表される新古書店、ネット書店、ネット古書店やコンビニ、スーパー、駅売店、スタンド、雑貨店やオークションサイト、美術館売店、画廊、著者から直接、露店、路上販売(雑誌「ビッグイシュー」など)などが本を買う場所として加わっています。
本を借りる場所としては、図書館、レンタルブック、友人知人との貸し借り、といったところでしょうか。
本を読む場所としては、図書館、公民館、喫茶店、美容院、床屋に加えて六本木や西麻布といった都市部ではブック&カフェやブック・バーなども登場しています。最近では、幅允孝(はばよしたか)や内沼晋太郎が、選書家・ブックディレクターという新しい職業を始めています。書店や雑貨店、飲食店のほか、これまで本が置かれていなかったホテルのロビーや病院の待合室などに本を置くことで、読者が本に出会う場所を増やしていく活動に取り組むなど新しい動きが生まれています。
こうしたことから、かつてと現代とでは、読書インフラが大きく変わってきていることがわかります。以前も触れたように、70年代以前の主要な読書インフラのひとつは貸本屋でした。戦後すぐの日本では、新刊書店よりも貸本屋のほうが数が多く、読者から見ると貸本と貸本屋が読書の根幹を支えていました。
戦後日本の出版産業は漫画が支えてきましたが、その源流は貸本漫画です。多くの新人漫画家は貸本出版社からデビューして読者の人気を得ると、東京の大手出版社が発行する漫画雑誌に引き抜かれていきました。また当時は、貸本小説もありました。
1980年代以降のここ30年で、本と書店さんをめぐる環境は激変し、日本の読書インフラは大きく変化しました。日本人のライフスタイルの変化が書店や図書館などの変化を促したわけです。
出版をめぐる議論がとんちんかんなものになりがちな理由は、業界OBたちがここ30年の読書インフラ全体の変化に目を向けず、自分が経験した高度経済成長期の成功体験だけにもとづいて部分部分で語ってしまうことにあります。
編集者のサラリーマン化の問題、チェーン書店の均一化の問題、取次システムや再販制の問題などは読書インフラ全体のうちのごく一部でしかない。それぞれの部分だけを感傷的に語る議論からは何も生まれません。むしろ、こうしたミクロだけの議論は、出版文化を悪くする「がん」のような存在だといっていいでしょう。
本や読書について語るとき、ともすれば「昔はよかった」という話になりがちです。あたかも半世紀前には理想の読書王国があったかのように.しかしそれは良い思い出だけが残り、悪かったことは忘却してしまったから得られた幻想にしかすぎません。かつてあったと錯覚している、虚構としての読書王国です。
ここ30年ですっかり変わった読書インフラを抜きにして、変わる前のこと=幻想の読書王国を語ったところで、ノスタルジー以外のなにも生まれません。この30年の変化を考えることでミクロの議論からは見えなかったものが見えてくるでしょう。
●変えていくべきもの 守り続けるべきもの
これからも読書インフラは変わり続けます。とりわけ、電子書籍がどのように関与していくのかは、まったく予測がつきません。 しかし、変化してしまうことが問題の本質ではありません。本について語るとき、30年以上前のイメージのままでいることが問題なのです。
本をめぐる環境が変わったのに、読者が変わった、書店員が変わった、編集者が変わったと、誰か特定の人びとの変化に原因を求め、精神論を説く人が多い。自分の現役時代と自分が知っている仕事環境だけをみて、そこから変化したことを悪とする精神論では何も解決しません。
繰り返しになりますが、いま必要なものは、現在の出版文化が置かれている状況を俯瞰しながら、これまでの出版文化の中から継承していくべきものと変えていくべきもの、そして新たにつくり出すべきものについて検討していくための「本の世界の見取り図」です。
15世紀のグーテンベルクによる印刷技術の登場以前は、読書とは権力者と聖職者など一部の特殊な人々の特権的な行為でした。本は教会や修道院の本棚に鎖でつながれていた重い本はこういった人々に独占されていた。本とは教会で声に出して読むもので、黙ってひとりで読む黙読はやましい行為とされていたわけです。
中世の羊皮紙による写本の時代、図書館も書店も存在し、本は教会で書き写して売るものでした。日本でも寺院の経蔵に本がしまわれていた本を借りて書き写すもの。江戸の庶民は書き写された草紙を買って物語を読んだのです。出版人とは稼ぎの多い職場を転々とする渡り職人でしかなく、出版社/書店は一体化していました。
知恵や本はそもそも一部の場所で借りて皆で共有するもの。本をひとりで読むことが奨励されていたわけではなく、本を書くこと作ること売ることは専業として成立していなかった。5000年にもおよぶ長い本の歴史の中で、10年前あるいは30年前の常識は、一瞬で消えていくものでしかありません。
これでWEB連載はおしまいです。
当連載を電子書籍として単行本化した『本は誰のものか』は来年春に出る予定です。
電子書籍版では、ここ30年で読書インフラ、とりわけ町の書店と図書館はいったいどのように変わっていったのか、グーグルやアマゾン、アップルといった黒船が日本の出版文化をどのように変えていくのか、そして、これからの出版人が変えていくべき出版タブーと、新たにつくり出すべき出版の自由についても考察していく予定です。
< 編集部より 当連載の電子書籍版発売のご案内 >
★当連載をまとめた単行本『本は誰のものか』、2010年春に電子書籍化予定!
大好評の出版文化論コラム「本と本屋さんの夕日」連載に、大幅な加筆を加え、多数のWEB未発表原稿や対談を新たに収録した単行本『本は誰のものか』を、2010年春に電子書籍として先行発売する予定です。
詳細決まり次第、再度ご案内します。乞うご期待ください。
また、書籍化を希望される出版社の方は、 下記お問い合わせ窓口の問い合わせフォームにて、 会社名・ご担当者名を明記のうえ2010年1月31日までにご連絡ください。
「本と本屋さんの夕日」書籍化に関するお問い合わせ、ご要望は、 神保町ブックサロン 運営事務局まで。
▼電子書籍版 予告編
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